DXとマーケティング

田村 正紀(たむら・まさのり)

神戸大学名誉教授、商学博士
専攻:マーケティング・流通システム

1940年大阪市生まれ。1962年大阪市立大学商学部卒、1966年神戸大学大学院経営学研究科博士課程中退後、神戸大学経営学部助手、専任講師、助教授、教授、2000年退官、名誉教授。以後、同志社大学、北海学園大学などの特別教授など歴任。1986年『日本型流通システム』で日経・経済図書文化賞受賞。2018年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。著書多数 

DXを見る視点

DX(デジタル・トランスフォーメーション)という用語が多様な媒体で氾濫している。Dはデジタルの頭文字、Xは接頭語transの英語圏慣行の略記である。デジタルは、現在のコンピュータの主流であるデジタル・コンピュータをさす。0と1との2進法によって、多様な情報を量化する。その情報処理は数値だけでなく、文字、音声、音楽、映像、図形などに及ぶ。これらの情報がインターネット、IoTなどを経由して大量・高速通信されるようになった。

DXのX(トランスフォーメーション)は、これらの情報技術による変革を意味している。変革の対象は情報技術そのものだけでなく、それが社会生活やビジネスに関わる変革も含んでいる。ビジネスに限れば、革新的な製品・サービスの誕生、業務過程の改善による生産性の向上やコスト削減、それに伴う働き方の改革や企業組織のあり方自体にも変革をもたらすという。

新聞・雑誌上で日々登場するDX関連記事によって、巨大台風の到来に比類する社会イメージがつくり出されようとしている。ある人はそれを情報企業やコンサル会社の宣伝文句であると言い、他の人々はそれをビジネスの大きい機会あるいは脅威として知覚し始めている。現時点で確実なことは、DXが何かと言うことについて曖昧な部分が多々あるが、それが実現すれば巨大な変化が生じるかもしれないということであろう。これは話題性からいえば、マスコミなどで最高のネタになる。

DXを支える技術

DXはデジタル技術であるが、その具体像は多様である。流通・マーケティングにとくに関わるDXの構成技術を要約的に述べると、

  • 社会メディア
  • IoT
  • 5G(第5世代移動体通信)
  • クラウド技術
  • モバイル技術
  • ビッグデータ
  • AI(人工知能)

などである。

社会メディアは、インターネットを基盤にして、多くの人や組織を広範囲にわたる双方向的な会話集団に編成する。具体的には、種々な個人のブログ、ソーシャル・ブックマーク、音声、画像、動画や、商品・サービスについての意見、あるいは企業など組織が提供する情報の共有サイトである。

代表例をいくつかあげると、電子掲示板2チャンネル、Twitter、アメーバブログ、Facebook、Google、LINE、ウィキペディア、はてなブックマーク、YouTube、あるいはAmazonや楽天の品評欄などがある。社会メディアは従来のコミュニティの地理的範囲をはるかに超えて、人々や組織を情報ネットワークに組み入れる。それを通じて、言語、数字、音声、画像、動画など様々な情報が双方向にやりとりされる。

情報の双方向通信は人や組織の間だけではない。同じようなことがモノとモノの間でも行われる。それがIoT(Internet of Things)と略称されるモノのインターネットである。IoTはモノのトランスベクションで網の目のように張り巡らされ始めた。トランスベクションとは、あるモノが生産され最終的に消費者で使用・消費に至るまでの間、種々な変換を受け交換されていく実物貫流の全過程を指す。

この過程で、モノは変換と交換の連鎖を通じて、消費者の手元にまで多くの生産・流通段階を貫流する。変換は原材料、中間財、最終製品などモノの形態変換だけではない。さらに、モノが在庫される場所やその時間帯など、場所や時間を変える。それを促進するのは変換されたモノの流通行為者間での交換である。これにより、生産されたモノが最終需要での欲求に近接していく。生産者から消費者へ、生産の場所や時点から消費の場所や時点へと、生産と消費の両セクター間での所有、場所、時間上の隔たりが架橋されるのである。

IoTはトランスベクションの状態を即時的に把握できる。種々なセンサー装置やBluetooth(デジタル機器用の近距離無線通信規格の1つ)などによって、モノの形態変化、利用状況、地理的位置情報などが即時に補足され、必要なところに送信されたり遠隔からの確認ができる。外出先から家庭内の家電を遠隔操作したり、モノ間での情報共有によって自動運転ができる。またロボットによる自動倉庫なども、このIoTに依存している。IoTは、5Gやクラウド技術にも支えられ、トランスベクションの全域にまたがっている。

社会メディアやIoTが稼働すれば、それらに組み込まれている種々のデバイス(電子部品、機器、周辺機器など)やそれらのアプリケーション・ソフトを通じて、多様な形態のデータが自動的に正確に捕捉され蓄積される。この情報は数値、テキスト、音声、写真、動画など、質的に多様な情報を含むだけではない。その量も膨大である。このため、ビッグデータと呼ばれる。それは消費者や企業活動の多面的な動きを、瞬時に正確に捕捉して蓄積する。

しかし、多種多様な情報を技術的に収集・蓄積できるようになったということと、個人や企業がそれを自由に使えるかどうかということは別問題である。データ利用については二種の問題がある。一つはデータ利用への制約である。特定データを収集・蓄積できる企業は企業機密保持のため、そのデータベースを社外に公開しない。また消費者など個人の情報については、たとえ収集・蓄積できても、その利用はプライバシー保護についての法的制約のため他に公開できない。どの程度に利用できるかは、情報提携を巡る他企業との関係性構築と法的対応能力に依存している。

ビッグデータの利用を巡るもう一つの問題はその情報処理能力である。ビッグデータの収集・蓄積とその利用は全くの別問題である。利用には処理能力が不可欠である。処理能力とはデータを分析、解釈して行為に結びつける能力である。情報処理の程度によって、広く情報と呼ばれるものの内容は、下図に示すように、データ→インテリジェンス(加工情報)→知識→知恵というような情報創造サイクルを描いて情報階層を上がっていく。知恵からデータへの矢印は新データを求めるフィードバックである。

データは特殊状況を写し取ったものであり、インテリジェンスはクロス表などデータを整理・加工してより一般化したものである。これらは情報提供者の視点に立っている。図の右側に移ると情報使用者の視点に立つ。知識は一般的な状況でどのように行動したら良いかを示す。知恵は特殊状況での行動指針となる情報である。

図 情報創造サイクル

 画像

DXはビッグデータを生み出す。しかし、ビッグデータだけでは情報の洪水を生み出す。普及し始めて半世紀も経過しているPOS、クレジットカード、コールセンターなど、膨大なデータからさえ、知識や知恵を創造している企業は少ない。DXが生み出すビッグデータは、これらよりも質量両面ではるかに膨大である。これらは従来の推測統計学の手法では手に余るものが多い。テキストや画像データだけでなく数値データについても、データ項目の間で多階層の相互作用を含み、その関係もいわゆる線形関係だけでなく、非線形の関係、不連続や急激な屈折を含むことが多い。

DXはこれらの問題も処理できる技法を開発しつつある。いわゆるAI(人工知能)である。AIは人間の脳と同じような働きを機械にさせ、学習を通じて問題を解決しようとする。ビッグデータと超高速コンピュータの発展に支えられ、AIの多様なアプリケーション・ソフトが開発・市売されつつある。AIは多様な分野に適用され始めているが、汎用の強いAIはまだ未開発であり、特定の問題に絞り込んだ弱いAIが中心である。しかし、これによって機械学習が可能になってきた。

DXによる流通モード革命

DXを支える主要技術は相互に連携できる。これによって、流通(マーケティングや商業)に革命を起こす可能性がある。流通モードは流通の様式であり、歴史的に見ると、マス・モード→市場細分化モード→大量・個客対応(マス・カスタミゼーション)モードというように進化してきた。

近年では乱流市場に対応するため、スマート・モードに向かってさらに進化しようとしている(田村正紀、流通モード進化論、千倉書房、2019)。乱流市場はトランスベクションの経路が細流化し、多様な形で合流や断絶を繰り返すことによって、需給両面にわたって不確実性が増加する市場である。それはグローバル化によるトランスベクションの地理的範囲の拡大、国家間の紛争・対立、気候異変、コロナ・パンデミックなど自然災害の増加、情報技術革新などによって引き起こされている。

DXの発展はスマート・モードへの進化を促進している。スマート・モードとは何か。スマートいう言葉には、ファッショナブル、クイック、インテリジェントといった複数の含意がある。スマート・モードはこれらの含意を流通モードとして実現しようとしている。いくつかの例を挙げて説明しよう。

ファッションは消費者の欲求を創造的にくみ取り時流の先端を走る。同じように、スマート・モードでは、消費者欲求の状態を的確に迅速に把握しなければならない。このために、企業はそのマーケット・レーダーをますます高度化する必要がある。マーケット・レーダーとは、顧客はどこにいるか、彼・彼女は何を欲しているかなど顧客探索のための情報装置である。

マーケット・レーダーの内容は、流通モード進化につれて変わってきた。マスモードではサーベイでデータが集められ、購買に先立つ態度など心理過程について消費者の平均像が模索された。その後、POS、クレジットカード、やグループインタビュー、通行調査、店頭観察などが行われた。DX時代になると、データ源はきわめて多様になる。いくつかの例を挙げると、ネット通販サイトでのクリックストリーム、種々な社会メディアでのTwitter、ケイタイのGPS機能を使った移動記録、店頭・街路での監視カメラ、会員カードなどである。

Amazonから日々送信されるメール広告を見ると、それが同サイトでのクリック・ストリーム、購買履歴データ、顧客属性データからなるビッグデータとその解析ソフトにより制御されていることは明らかである。Amazonはすでに最新のマーケット・レーダーを具備している。種々なマーケット・レーダーの開発機会は、DXにより無限に拡がろうとしている。いま必要なのはマーケターの構想力である。

スマートモードを進化させるにはマーケット・レーダーだけでは不十分である。情報があっても、実物供給などで迅速に動けなければ、市場機会を逸する。このためには、トランスベクションの全域にわたる迅速なサプライチェーンの構築が不可欠になろう。自動倉庫、種々なロボット、IoTによって、この分野はマーケット・レーダーよりも一歩先んじているように見える。

しかし多くの商品について、現在のトランスベクションでは、多数の企業が関与するだけではない。トランスベクションの地理的範囲が発展途上国などへグローバル化している。原材料、人件費、製造費などの点でベストソース(最廉の供給源)を求めてきた結果である。このようなグローバル・サプライチェーンから見ると、多くの商品のサプライチェーンはその一部をカバーしているに過ぎない。

ベストソースを探索し、それも含めたサプライチェーンの構築は喫緊の課題である。それをDX武装して、トランスベクションを加速する。その行為結果をフィードバックして、学習速度を上げる。このためには、情報の囲い込みだけでなく、情報連携を求めた他企業との関係性構築も不可欠となろう。DXの先端技術はこのような土壌の上に花咲くであろう。乱流市場で増大する不確実性に対処するには、たんなる予測だけでは不十分である。むしろ行為結果のフィードバック・サイクルの短縮に基づく学習速度の向上をめざし、適応の迅速化をはかることが重要になる。

マーケット・レーダーと、トランスベクション型の迅速なサプライチェーンは、乱流市場を生き抜くための両輪である。そしてこれを構築するには、企業の活動編成はますます知性を要するようになる。平たくいえば、この場合の知性とは、それぞれのビジネスにおける顧客、その欲求、それを満たすために必要な業務(オペレーション)は何かなど、ビジネスの本質を見抜く能力である。

デジタル技術の急速で多様な革新に目を奪われるだけでなく、それらをこの知性に照らして評価することがマーケターに求められている。セブンイレブンを我が国有数の高収益企業に育て上げた鈴木敏文は、もともと腱鞘炎というレジ担当者の職業病を克服するため開発されたPOSを、同社初期発展の基盤となるマーケット・レーダーに変えた。これによって、店舗別、時間帯別に変わる単品実需を迅速に把握し、この情報を背景に仕入れ先への購買力を高めた。さらにPOSを巨大なネットワークに編成し、脱サラなどの素人さえも発注端末などの情報武装により有能な商人に改造した。

セブンイレブンの大成功を見て、ハードとしてのPOS導入だけを模倣した多くの追随者を生み出した。その中には、POSシステムの投資負担やデータ洪水に不満を託つ多くの経営者がいた。これは新技術への対応における他山の石として銘記しておかねばならない。

◆田村正紀先生との出会い
私が田村正紀先生からご教授いただくのは、神戸大学経営学部在学中の流通・マーケティングのゼミナール時代に始まります。理論だけでなく、事例研究や企業人と交わる機会を与えてくださり、学問のビジネスへの落とし込み方、先を見据えたモノの捉え方を、ユーモアたっぷりの語りで教えていただきました。卒業後、経営コンサルティング会社、流通団体、そしてパワー・インタラクティブと進んできた私の礎となっています。
2019年1月に田村正紀先生の瑞宝中綬章受章の祝賀パーティーで久々にお会いした際も、全くお変わりなく、毎年1冊書籍を発行されていると聞き、身の引き締まる思いがしました。そして、今回執筆いただいた「DXとマーケティング」。言葉が先行しがちな「DX」に対し、デジタル技術がいかに流通に革命を起こす可能性があるか、事例をとりあげながら解説いただきました。さらに、デジタル技術の革新に目を奪われるだけでなく、ビジネスの本質を見抜き、デジタル技術を評価する力が必要であることをご教示いただきました。DXを推進する上で、心して取り組みたいと思います。

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取締役/執行役員広富 克子

    
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